タイパー

その生物は、太い首から箱のような機械をぶら下げていた。いったい何に使うのだろうと思っていると、彼らは両手の、合計二十本もある細長い指を使って、機械の上部についている大量のスイッチを素早く押し始めた。その指の動きはまさに電光石火というほかなく、大量の触手が蠢いているような光景にわたしはおぞましさを感じた。しばらくすると、彼らは指を動かすのをやめ、機械の側面についている一回り大きなスイッチを押した。すると、機械の全面についているモニターらしき部分に、蚯蚓がのた打ち回ったような文字がずらずらと表示された。わたしは彼らの意思を何となく悟り、万能翻訳機にその文字を解読させてみると、翻訳機の画面にはようこそいらっしゃいましたの文字が表示された。かくして、わたしはこの星で歓迎を受けるに至ったのである。

わたしは惑星調査員であり、これまでにも数の惑星を調査し、そこに居住していた知的生物を観察してきたが、意思疎通に機械を用いているのは彼らが初めてだった。

不思議なことに、彼らが意思疎通に使っているその機械は、大昔の地球で使われていたという入力装置キーボードに酷似していたので、わたしは彼らをタイパーと呼ぶことにした。タイパーには、文字を打つ、あるいは文字を打つ者などの意味がある。

タイパーたちが機械を使って会話しているのは、彼らが発声器官を備えていないのが理由である。わたしたち人間のように、音声による会話をすることができないのだ。そうなれば必然的に、視覚、味覚、嗅覚、触覚のどれかを使って会話することになるが、タイパーは視覚を選択したらしい。機械を使って打ち出した文字を相手に見せ、それを受けて相手が返事をする。これがタイパーたちのコミュニケーションだった。

会話機械が発明されるまでのあいだについては、彼らは身振り手振りによるボディランゲージで会話していたようである。これは両手の二十本の指を用いて行う会話で、左手の第一小指を1、右手の第一小指を20とし、折り曲げた指の組み合わせで言葉を表現するものである。第一小指という名前は便宜的なものであり、タイパーたちは独自の指の名前を持っているようだが、ここでは左手の一番端の細い指を左第一小指、そのとなりを左第二小指、以降左第一薬指、左第二薬指と続いていく。

例えば、1左第一小指10左第二親指を折り曲げるのはおはようございますを表し、1左第一小指20右第二小指を折り曲げるのはこんばんはを表す。1左第一小指11右第一親指を折り曲げるのはこんにちはである。1の指は主に、日常で頻繁に使われる挨拶に関係するらしい。なぜ一番細い小指が、最も多用されるのかは不明だが、きっとこの会話法を考案したタイパーはとびきり太い小指を持っていたのだろう。

地球の言語でも、使用頻度の低い言葉が長い単語を形成しているのと同様に、この会話法においても使用頻度の低い言葉はより多くの指を折り曲げて表される。ちなみに二十本すべての指を折り曲げて表される言葉はキャプスロックである。この言葉の意味をタイパーたちに尋ねてみたところ、あまりにも使用頻度が低すぎるために誰もがその意味を忘れてしまい、今はその言葉だけが、まるで抜け殻のように残っているのだという。

また、地球におけるいわゆる罵倒語が短い単語であるのと同様に、この会話法では罵倒語は基本的に一本のみを折り曲げて表現される。罵倒の度合いは、1左第一小指が最も弱く、20右第二小指が最も強い。

このようにして指を折り曲げて行われる会話法は、その性質上、情報伝達の効率が大変悪く、そのことが彼らの文明の発達を妨げていたことは言うまでもない。早口で話そうとするあまりに、指を痛め、ケンショウエンこの言葉は指を一本も折り曲げずに表されるなる症状に陥るタイパーも数多くいたようである。

そこで発明されたのが、先に述べた機械であり、この機械の操作は指折り曲げ式会話の法則を踏襲して考案されている。機械の上部には二十個のスイッチが横一列に並んでいて、それを先ほどの法則に従った指の形でもって同時押しすることで、前面のモニターに文章が表示されるというものだった。これならば、指先のほんの小さな動きだけで済み、したがって会話速度は飛躍的に向上し、タイパーたちは高度な文明を築き上げるに至ったのだった。

機械の前面にあるモニターに表示される文字は、縦横十本の線が直角に交差した格子状のものを基準にしている。一見すると何やらボードゲームでも始まりそうな正方形のマス目状をしているが、この線はそれぞれ折り曲げた指を表している。つまり、すべての指を折り曲げた場合は、縦十本横十本を交差させたものがそれを表す文字になる。逆に一本も折り曲げてないとすれば、それは空白として表される。もっとも空白を表すケンショウエンは、機械が普及した今となってはほとんど使われることのない言葉ではあるが。

タイパーたちはもともと、両手二十本のうちどの指が折り曲げられていて、どの指が折り曲げられていないかを離れたところから判別できるほどに目が良かったので、機械のモニターに表示されたこの非常にこまかい文字も難なく判別できるらしい。私も読み取りに挑戦してみたが、端の線はいいとして、特に真ん中あたりの線になるとこれは第一中指のものなのか第二中指のものなのか、それとも薬指あるいは人差し指なのか、まったくもってその区別をつけることができない。結局、調査をするあいだわたしは、万能翻訳機に頼りきりにならざるを得なかった。

以上が、この惑星に居住する知的生物、タイパーの大まかな概要である。わたしはこれから引き続き、タイパーが持っている文明や、タイパーの身体構造、会話機械の構造などについて調査を進めていきたいと思う。これまでのところ、タイパーたちは総じて温和な性格であり、突然の来訪者であるわたしに対しても手厚くもてなしてくれているので、どうやら久しぶりに充実した調査生活を送ることができそうだ。

広告を非表示にする